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釧路地方裁判所網走支部 昭和40年(わ)56号 判決 1965年11月12日

被告人 堀川一

主文

被告人を懲役一五年に処する。

押収してある切出しナイフ一丁(昭和四〇年押第二〇号の一)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、堀川計の長男として本籍地で生れ、土地の中学校卒業後しばらく東京で店員見習をしていたが、昭和二十七年に来道し、道内の芦別、江別、小樽、砂川、滝川の各市を、炭鉱夫、土工夫等をしながら転々としているうち、昭和三三年七月一五日、滝川市内で強姦致死、殺人、窃盗の各罪を犯し、同年一一月七日、札幌地方裁判所岩見沢支部において無期懲役の刑に処せられ、同年一二月一九日から網走刑務所で服役している者であるが、殺人罪により懲役一〇年の刑に処せられ同刑務所で服役中の川村瑞夫(当二九年)と昭和三七年五月頃から二年近く同房となつたことから同人の進級転房後も親密に交際していたところ、同四〇年四月ころ些細なことから川村の被告人に対する態度が急に冷淡になつたので、なんとかして以前の親密な関係に戻りたいものと考え、機会あるごとに川村に話しかけ、同年五月二三日行なわれた受刑者同志の野球大会に、川村が投手として出場した際には、その労をねぎらう言葉をかけたり、又私費で購入した書物はまず川村に貸与する等してその機嫌をとつていたものの、川村は被告人が話しかけても、さもいやいやながら応待するような素振りを示したり、被告人から借りた書物を他の受刑者を通じて返却したりして、被告人の好意に進んで答えようとしないばかりでなく、被告人と同房の受刑者長岡忠男に対しては私費で購入した書物を貸与したりして親しくしていたことから、川村と口論するまでに至り、被告人としては、川村となかなか仲直りが出来ないことに焦慮の念にかられると共に、川村の態度に次第に不快感をつのらせていたやさき、同年八月一九日夕方、たまたま、右長岡が被告人の借りたことのない書物を川村から借り受けていることを知つて憤激すると共に、同夜眠れないままに、これまでの川村の態度をあれこれ考え、今また被告人を無視して長岡に好意を示す川村の態度を考えるにつけ、川村が被告人を殊更無視し、故意に冷淡な態度をとつているものと思い込み、これまでの川村に対する好意は憎悪の念に変じ、このうえは、もう一度川村を詰問して同人と仲直りができなければ、同人を殺害するもやむを得ないと考えるに至つた。そこで被告人は翌二〇日午前七時二五分ころ、同刑務所第三工場においてかねて、他の受刑者からひそかにもらい受けて自己の器具箱に隠匿所持していた切出しナイフ一丁(刃渡り約九糎。昭和四〇年押第二〇号の一)を取り出し腰バンドにはさんだうえ、作業中の川村に「話がある」と同工場内便所に誘い出したが同人が被告人の話を聞かないで大便所に入つたのでその態度をなじつたところ、同人は用便しながら「糞ぐらいしてもいいではないか」といい返えしたので被告人は、これでは到底話し合う余地はないと考え、いよいよ同人に対する憎悪の念にかられ、このうえは同人を殺害するほかはないと決意し、右手で前記切出しナイフを逆手に持つて「なめるな」と怒号しながら右大便所の戸を左手であけ、同人の顔面を目掛けて下から上に向けて斬りつけ、これを右手で受け止めて大便所内から出て来た同人に対しさらにその左脇腹部、頭部顔面部等を一〇回余り突き刺し同人の左肩胛部に左肺下葉に達する切創の外、左肩胛部に四個所、左前頭部に二個所、左顔面部に三個所等一五個の切創を負わせ、同日午前九時五六分ころ、同市南六条東一丁日一〇番地網走中央病院において左肺下葉開放性切創による失血性シヨツクに基づく急性心不全により死亡させたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法一九九条に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、その刑期範囲内で被告人を懲役一五年に処し、押収してある切出しナイフ一丁(昭和四〇年押第二〇号の一)は判示殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項を適用して被告人から没収し、訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

被告人の実情について考えると、本件犯行の動機は、これまで親しく交際して来た被害者から無視され、或いは冷淡にあしらわれたと思いつめたことに起因するもので、被告人のこのような心情は、刑務所という特殊閉鎖的な社会で、しかも長期間社会から隔離され単調な日日を送つている受刑者にとつては、ままあり勝ちなもので、一般社会において愛する女性に裏切られた男の心理状態と似かよつたものがあるとは言え、このような被告人の心情は倫理的に是認し難いばかりか、被告人の被害者に対して示した好意というのも一方的なもので、被害者側の言動には、被告人を挑発する等何ら非難される点の認められない本件では、その動機において同情すべき余地は全く存しない。そうして、被告人がこのように自己中心的な考えから、受刑者とはいえ、社会復帰の為、努力している被害者の貴い人命を奪つたばかりか、被告人の本件犯行は計画的かつ残忍で、殊に監視の厳しい刑務所内で、隠し持つたナイフを用いて目的を遂げる等大胆不敵な犯行と言わざるを得ない。そのうえ、被告人は、強姦致死、殺人、窃盗の罪により、無期懲役囚として服役中の身であり、人命の貴さと、その人命を奪つた者の償うべき罪の深さを身をもつて体験し、ひたすら亡き被害者の菩提を弔いながら、贖罪の日日を送るべき身であることを併せ考えれば被告人の罪責は極めて重大と言わなければならない。

もつとも、被告人に右のような殺人などの前科があるとはいえ、これは、累犯前科とならないわけであるから、被告人が、受刑中再び、本件のような、同種の殺人の罪を犯したからといつて、そのことだけで、現に受刑中の刑より重い刑を科すべき至当性はなく、本件犯行に相当する個有の刑罰を本件事案に即して量定すべきである。

そこで当裁判所は、前記の事情や、被告人がこれまで比較的真面目に服役して来たこと、本件犯行後、深く悔悟していること等諸般の情状を併せ考慮し、主文の刑を量定した次第である。

そこで主文のとおり判決する。

(裁判官 古崎慶長 小泉祐康 光辻敦馬)

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